信仰と宗教

カテゴリ:人生哲学

04/08

私の両親は以前ある宗教団体で信仰を持っていました。
私が幼い頃、両親の仲が悪るく家庭はめちゃくちゃでした。
両親はその宗教と出会い変わりました。人間として成長し
幸せな人生を歩めるようになりました。そして自らも多くの人
を幸せな人生へと導いて来ました。それは子供である私の目
から見ても紛れもない事実でした。

私も子供の頃から宗教団体の色々な集まりやイベントに行かされ
ました。確かにその教えは素晴らしい所も多いのですが自分の中で
どうも釈然としない、納得のいかない部分がありました。
私は結局、両親の信仰に染まる事はありませんでした。

宗教とはいったい何なのか。どんな宗教も元は同じ大自然の法則
言い方を変えれば自然の摂理、真理が元になっています。
まともな宗教であれば、確かに幸せな人生を歩む為に必要な
知恵が多く存在します。

しかし、キリスト教にしろ仏教にしろ、その教えの中には間違いや
ズレ、迷信が数多く存在しているのです。宗教は何千年もの永き
に渡って人から人、国か国ヘと伝わって行く中で誤った解釈を
されたり、誰かによって付け加えられたり、又は教える人間の
都合のいいように改変されている部分が多く存在しているのです。
たとえば、聖書に書いてある事がすべてキリストが言った言葉であると
思ったら大間違いだという事です。

又、せっかくの正しい教えが、教える人が正しく理解できておらず
間違った解釈で教えている場合も多いですし、学ぶ側が間違った
解釈をしている場合もあります。

あなたがもし、何か信仰を志すのであれば一つ憶えておいてほしい
事があります。それは、どんなに素晴らしいと思った教えでも
頭ごなしに何でもかんでも正しい事だと思わず、必ず自身の理性で
考え、自らが正しいと思える事だけを信じること。

信仰は素晴らしい教訓を学べる一方、信じていれば救われる。
教えはすべて正しいという盲目的な心情に陥りやすい側面が
あるのです。これはとても危険な事で良い事と悪い事の判断
がつかなくなり、極端な例で言えばオウム真理教のように
人の命を奪ってしまうような事件になる事さえもあるのです。

もちろん、素晴らしい教えの宗教団体も数多く存在します。
逆に何か高額なものを買わされたり、お布施と称して財産を
全てたかられたり、逆に不幸になったと思う人もいます。

しかし、誰でも人生はすべて自己責任なのです。
信仰によって受けた損害があったとしてもそれはあなたの中
にある依存心。自らの頭で考え、自らの意思で歩んで
来れなかった事に原因があるのです。少し厳しく思う人も
いるかもしれませんが、自らの人生は自らの意思できりひらく事。
これは幸せな人生をむ為に大切な法則の一つなのです。



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4 Comments

  • Name:mizugame
  • leafさん、
    掲示板でお世話になっています。ありがとうございます。
    ご両親も新興宗教されていたんですね。
    私も入信当初は合わなかった兄弟仲が良くなったりして、これは入信してから魂が変わったんだとご利益だと思いました。。目標の家族が入信して、一時期はよかったのですが、今は家族がバラバラになりました。
    それぞれが違う事を言うことになって。
    父は仮の入信の状態で体調を崩して自律神経失調症になって10年経ちます。
    兄も信者の方と結婚したのですが病気したり、考え方がうまくいかなくなり、別れ転職をしたりして不安を癒すためか信仰でない信仰を自分で探しやっているようです。
    母は父が体調を崩したため自分も体調が悪い中、いま唯一、兄の紹介で入信しずっと参拝をかかさず続けています。私は両親が支えてくれたおかげで信仰生活をすることができたのですが、今となっては最低月2回の参拝や、調子が悪い時は毎日参拝や家での礼拝・・・あと、まわりの信者さんの考え方や誘い方に疑問を感じ、信者ではあるものの遠のいています。そこまで自分が気付き成長すればいいことなんですが。
    自律神経になり離人症に苦しみ、宗教から離れたい気持ちがあり、結婚を機に県外に出て理解のある今の主人と出会いました。leafさんと宗教に対して同じ考えです。今嫁いで9年目です。
    宗教・・教祖の教えはいいことだし、社会人になって間もない私は社会勉強も未熟なまま信仰にはいり、これはいい!と思いどんどん入って行きました。自分でも勧められたりしたらいやとは言えない?性格で、で、寝食忘れてやる勢いでした。今の時代ではそういう活動は考えられないけれど、、でも、もうついていけなくなりました。。母は家族のためにまだ信仰を続けています。気づ付けないためにも話は合わそうとするのですが、大きい行事にも行く思いが私にはありません。私は田舎に嫁いで人づきあいが密なところなので気づかされていたことがたくさんあります。新興宗教だけでは済まされないことを。
    ただ悩みがあって自分が入信したのは自分が未熟だったんだと思います。
    今、信仰生活や離人症を通して人の役に立ちたいと思い、福祉施設でパートで働いています。
    離人になってから13年・・年齢的成長もみられないままですが、今変わるべきだと思い、自分に気合を入れるつもりで働いています。日々、人づきあい?の勉強です。私が入信のきっかけとした人間関係の悩みも自分が勝手に嫌っていたことにやっと気付きました。思い込んで自分からコミュニケーションを断っていたんだとおもいます。相手には全く罪や悪気はなかったわけで。。
    現在36歳のわたしですがこれからも頑張ってやっていきたいです。

  • 2011/04/10 20:27 | URL 
  • Name:leaf
  • 残念ながら信仰宗教をもっている人の大半は自分の学んでいる教えが
    この世で唯一正しい最高の教えで、信じて教義を続けていれば苦しみから救われる。得を積んでいる事になるんだ信じています。一度、そういう観念にとらわれてしまうと、他の人の言葉や考え方を受け入れなくなってしまいます。

    物事には必ず意味があります。しかし多くの人が意味も分からず自分の頭で考えようともせず、ただただ教えを全うしようとします。

    教えに対して疑問や納得のいかないのは、mizugameさんが
    自分の意思で歩き始めた証です。物事の良し悪しの判断基準は
    あなたの心の中にあるのです。信仰を続けるも辞めるもmizugameさん
    の意思で考え判断する事です。そうすれば後悔する事も何かを恨む
    ような事もなくなります。

    mizugameさんが家族や人間関係や病気の事で悩み、苦しんで来た経験はけして無駄にはなりません。大変な分だけたくさんの教訓を学べ自分を成長させることができるのです。ですから人mizugameさんは充実した人生を歩んでいると言っていいと私は思います。人間はどん底を味わった分量と同じだけの大きさの幸せを味わえるものなんですよ。
    私が保障します。

    福祉施設でパート頑張ってください。人の為に自分を役立てる事ほど立派で偉大な行いはありません。それはどんな信仰宗教の教義よりも尊い事です。

    またいつでも書き込みしてくださいね。



  • 2011/04/10 22:12 | URL 
  • Name:mizugame
  • leafさん、ありがとうございます。
    まだ現実感が完全には戻っていないですけれど、自分の意思で歩き始めた・・と言っていただいてどんな方向にいったとしても自信になります!
    私の場合、急に離人感がなくなるというより、徐々にうつ状態の波が小さくなり自分の考え方のゆがみが分かってきて自分の本当の考えがもてるようになりつつあり離人も和らいでくるのかな?と感じています。
    いまだに信仰を自分の日常としてとらえている人を思うと、すごいな~と思うのですが、昔の小・中・高の旧友や友達のことを思うと、こんな私が信仰していたことは恥ずかしかったな~と思います。たぶん、まず話は合わないと思います。朗らかに笑いあって付き合える友達のままでいたいです。
    なんかずいぶん遠回りしてしまったけど、leafさんがおっしゃるとおり
    どん底を味わった分だけ同じ量の幸せがやってくるんだと希望をもってやっていければなと、今はまだ自信はないですがきっとそうなるんですね!
    この春から2年生と年長の子供がいます。。
    心配かけないよう家族の太陽になれたらなと思います。
    私が勤務している福祉施設は、重度の身体障害者が入居や通所していて、スタッフ80人が交代で介助や調理、食事、入浴、外出、理学療法、看護、プログラム・・などなどいろんな分野で手助け心助けしています。びっくりしたことは障害者でも、明るいんです。あとちゃんと心遣いもできる・・そういった教育がされているし、また外国からきたシステムなのですが、普通の社会の方の考え方の方が人間らしいというかちゃんと自分に向き合っているような気がしました。
    私もまだ離人は残って気分がまだ不安定ではありますが、今苦しんでいる人は、何とか乗り越えてほしいという気持ちでいっぱいです。
  • 2011/04/11 08:26 | URL 
  • Name:leaf
  • 信仰を持つ人が自分が学んだ事がどんなに素晴らしいと思っても
    それが他人に受け入れられるとは限りません。

    また、人それぞれ考え方や価値観は千差万別ですから自分の考えと
    相違があったとしてもそれはあたりまえの事です。まして信仰的な物事の捉え方を他人に求める事は一種の利己主義であると言えます。
    相手の考え方を尊重できれば悩むような事にはなりませんよ。

    >家族の太陽になれたらなと思います。
    そのとおりです。子供にとって母親の影響力はとても大きいのです。
    明るく前向きで一生懸命なお母さんのもとで育ったお子さんは必ず
    まっすぐに育っていきます。

    離人症は子供に対する愛情を鈍らせる場合がありますから、お子さん
    とのスキンシップを大事にしてください。

    私にも障害を抱えた従弟がいます。障害は抱えていても誰よりも純粋で優しい性格です。福祉の仕事は誰でも出来る仕事ではありません。
    mizugameさんが人の為になれるは、それだけ辛い経験をしてきたからこそ人の気持ちになれるのです。これからも前を向いて一歩一歩自分の出来る範囲内でベストを尽くすことです。それさえ出来ればあとは何一つ悩む必要はありません。なるようになります^^

  • 2011/04/11 15:35 | URL   [ 編集 ]

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