最新心と体の記事一覧

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05/10


今日、知り合いが突然、錯乱状態になり大暴れした。周りにいた人や駆けつけた救急隊員が必死になって取り押さえようとしたが収まらず大変な事に。

その後、昏睡状態に陥り救急車で搬送された。幸い命に別状は無かった。原因は低血糖。糖尿病で空腹時にインシュリン注射をしたため。糖尿病の人は高血糖だけでなく低血糖にも注意しなければならない。

あらためて糖が体にとって重要な物である事を思い知らされた。糖質の取りすぎは体によくない事は周知の事実だが、問題はやれAGEだの、体に必要の無いものだの、毒だのと極端な食生活を実行したり教えたりする者がいる事だ。

実際に間違った食事療法を教えられた結果、極端な糖質不足の影響で慢性的な病になった人をカウンセリングした事がある。

低血糖になると体の様々な所に悪影響がでる。特に脳が顕著で発汗やめまいなど様々な自律神経症状が表れ、重症の場合は錯乱や昏睡状態を引き起こし命に関わる事もある。

薬以外の影響で低血糖になる事はまれだが膵臓癌などの病によるインシュリンの過剰分泌や極端なダイエットや食事、断食でなる場合もあるので注意が必要だ。
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12/07

昔、血液検査で一か所引っかかった数値があった。医者は毎週大量の薬を処方した。僕はその薬の量に疑問を抱き自分で調べてみた。すると確かに僅かに高い値。しかし通常は生活習慣で気をつける範囲内で投薬の必要のない数値である事がわかった。

以前、車を運転中に後ろから追突されて軽い鞭打ちになった事があった。数週間で痛みも取れたので主治医に今日で通院は終わりにしますと言った。すると医者はこう言った。「じゃあ、シップと薬、数か月分出しておきますね。使わないと思いますが常備薬として使ってください。」

ジョギング中に足を痛めた事があった。一応レントゲンを撮った所、痛めた場所に白い影が映った。医者は唸りながらこう言った。「これは切開して中の組織を取って検査に回さないとダメですね。」僕はその判断に納得いかず後日、違う病院で見てもらった。その結果「これは走りすぎで骨膜が剥離しただでけですね。少し休めば自然に治ります。」

ある人が親子で釣りに出かけた。そこで父の投げた釣りの仕掛けが子供の頬に引っかかった。慌てた父親は子供を抱き急いで病院に駆け込んだ。医者はすぐに手術だと言って釣針を頬の肉ごと切り取った。よく考えてほしい釣針は貫通していればどちらか一方をペンチで切断すれば難なく抜けるのだ。

勿論、こんな事ばかりでなく患者さんの立場に立ったアドバイスや判断をしてくれる立派なお医者さんたくさんもいます。何故こういう事になるのか。これらの話にはある共通した原因がある。みなさん感じる事がそれぞれおありかと思います。これに関しては割愛しますが大切な事は

病院はあくまでサポートをうける場所であり、病気だろうがケガだろうが治すのは病院でもお医者さんでも薬でもなく、自身の身体の免疫が自分で自分を治すのである。何の根拠もなく医者の言う事を聞かないのは問題ですが、自分の病気や飲む薬くらい自分で勉強して最終的な判断は自らの感性にしたがい判断すべき。お医者さんにまるっきり依存するのではなく、病気は自分で治すものだという認識が大切。そういう認識があれば自然と勉強するはず。また様々な生活習慣を見直し気をつけるようになるはず。





11/11

今現在、僕の体重は身長167cmで58kg、学生時代陸上競技で短距離選手
だった時と同じ数値。一時期、56kgだったがウェイトトレーニングで
筋肉量が増え+2kg増えた格好です。

28歳の時に不規則な生活をしていた影響で基礎代謝が一気に低下し
太りやすい体質になり、冷え性になった。最大で体重が67kgになった
事もあります。

食事制限や運動で痩せる事もあったがリバウンドも何度も経験した。
しかし、現在は食事にあまり気をつけなくとも運動を休んでも殆ど
体重が代わらない体質になりそれと同時に冷え性も解消された。

その辺も含めて今日は運動についてお話したいと思います。

今の世の中、色々な情報が溢れています。人によって言う事も様々ですが
僕は僕なりの経験の中から確信してきた事をご紹介しましょう。

運動は体に良いという人もいれば体に悪いという人もいます。実は
運動には必ずプラスになる側面とマイナスになる側面があります。
では実際やるべきか否かという事ですが、それはまずその人にとって
運動がどの程度必要なものであるかという重要度の問題になってきます。

運動には摂取したカロリーと消費エネルギーのバランスを保ち様々な生活習慣病
の予防に効果があります。運動によって筋肉や骨も鍛えられ細胞も活性化
し様々な体の機能の維持に繋がります。適度な運動適度な負荷は細胞内の
ミトコンドリアを活性化し体の活力、スタミナがUPします。その効果をスポーツに
応用したのがインターバルトレーニングです。また気分転換やストレスの
軽減にも効果があるでしょう。これは運動によってアドレナリンやセロトニンといった
神経伝達美質が脳内麻薬的な働きをする為です。ただし、いつまでも
日ごろの情緒不安定の解消に運動の脳内麻薬に頼るようではいけません。

一方運動にはマイナスな面もあります。まず活性酸素を発生させる要因であること
があげられます。活性酸素は老化や様々な病気の要因にもなるものですが
特に激しい運動、苦しいまでする運動は多くの活性酸素を発生させます。
その点ではマラソンも有酸素運動とはいえ身体にはマイナスという事になります。
僕も普段ジョギングをしていますが大会には出ません。休日の問題もありますが
健康の為という目的でやっている事なので競技には出ないのです。

また運動は様々な生体反応にかかわっている酵素を大量に消費してしまうという
側面もあります。人間には一生に使える酵素というものが決まっていて激しい
運動を長年続けているとその潜在酵素が枯渇してしまう危険性があります。

近年、酵素を摂取する健康法が注目されていますが食べ物から摂取する
酵素は身体の中で働く様々な酵素の代わりに働く訳ではなく、せいぜい
消化酵素の手助けになる程度であり、自身の消化酵素を節約できる分
他の所で働く酵素を増やせる程度なのです。だから酵素という観点から
考えた場合もっとも大切な事は摂取する事よりも酵素を無駄に消費しない
生活習慣だという事。他に酵素を消費してしまう生活習慣として大量の
アルコール分解酵素を消費してしまうお酒の飲みすぎなどがあります。

だから激しいスポーツをしてきた人に意外に短命な人が多かったり心筋梗塞など
の突然死も多いのもそんな理由が考えられます。長年の過度の運動は
老化も早め、ケガもしやすくなり、治りにくくもまります。風邪にもかかり
やすくなり治りずらくなったりもします。また消化酵素が働かなくなり
胃腸が弱くなる事もあります。それは学生時代過酷な運動を
してきた僕が自分の身体で感じて来た事だから言える事なのです。

このように運動にはメリットとデメリットな面がある事がわかると思いますが
では実際どうなの?という事ですが肥満や動脈硬化などのリスクを抱えた人
又は予備軍の人にとっては多少苦しい運動をしたとしてもメリットの方が
大きいと言えるでしょう。

逆に健康体な人にとってみれば過度な運動はマイナスでしかないと言う事です。

ただ趣味でマラソンや色々なスポーツを楽しむ人は大いにやっていいと
思います。それがその人にとって人生をより豊かに有意義にするものであれば
たとえ健康リスクがあってもそれだけでメリットが多い事になるでしょう。

まとめると運動=健康と単純な事ではないという事がおわかり頂けたと思います。

大切な事はバランスと調和であり、体形は太りすぎても痩せすぎてもよくありません。
脂肪は悪という観念にとらわれている人も多いですが貯めすぎればよくないだけで
脂肪も様々な生体反応にかかわる大切なものです。最近注目されている
アディポネクチンという様々な生活習慣病を予防する長寿ホルモン
は脂肪細胞から分泌される事がわかっており、痩せすぎて脂肪が極端に少ない
とあまり分泌されなくなります。かといって脂肪を増やせばいいというわけでなく
脂肪細胞が肥大する事によって血管が窒息しこれまた分泌の妨げになります。
その点でバランスのとれた体形でいる事が重要だという事が言えるのです。

「運動しなきゃ」と思っている人は多いと思います。運動で一番大変なのは
まず腰をあげる事です。やるまでの決心です。もし運動を始める事ができれば
今度は少しづつ自分のできる範囲から始める。少しづつ体力もついて来れば
運動量も増やしていけます。運動はダイエット期間のイベントではいけません。
効果があったからと言ってやめてしまえばすぐさま逆戻りです。運動は
その人の生活習慣、生活の一部ににならなければ意味がありません。運動を
する癖がつくと、今度は運動をしないとしっくりこなかったり、物足りなくなり
せずにはいられなくなります。そうすれば大成功。運動しない癖から運動する
癖へ替える事。そこがポイントです。

一つオススメなのがインナーマッスル(体幹)を鍛える方法。それに効果的
なものが腹式呼吸。ちょっとしたコツがいりますが運動よりも効果があります。
運動と組み合わせる事でさらに効果が高まります。インナーマッスルを鍛える
と基礎代謝を大きく上げる事ができます。生活活動代謝は30%ほどですが
基礎代謝は実に一日の代謝の70%をしめる訳ですから効果は絶大です。
僕はこれを取り入れるようになってから太りずらい体質になり冷え性もなくなりました。

健康でいる為には精神的な要因も大きいですが、生活習慣も大事な要素です。
この世に生をうけた時に大切な経験を積むために頂いた大事な身体ですから
最後まで大事にして生きていかなければいけませんね。

















09/28

小学3年生の夏のある日、僕は自宅からほど近いおばあちゃんの家に3歳年下の弟と
遊びに行った。そして帰り、僕は弟の自転車を後ろから押しながら家へと向かった。途中
当時は信号機も横断歩道もない道路を弟が先に渡って行った。僕は急いで弟の
自転車を追った。

その時「キィィィィッ!!!」と言う物凄い車のスキール音がした。その瞬間の記憶は
全く無い。おそらく数十秒後の事だと思うが僕は薄暗い空間で全く息が出来なく
苦しんでいた。そして苦しさの中、段々暗くなる空間と共に意識を失った。

そして次に目が覚めたのは救急車の中だった。周りを見渡すと父と母が心配そうに
僕を見ている。まだ自分に何が起こったのかわからなかった。手を見ると血がたくさん
付いていた。

父の足を見ると裸足だった。きっと靴も履かずに玄関から飛び出して来たのだろう。
父は「だから気をつけろと言ったろう!」と僕を叱った。

母は小さな赤ちゃんをあやしていた。その赤ちゃんは僕を跳ねた男性の子供
だったらしい。「よし、よし」とあやしながらも錯乱状態になって「もういや〜」と
子供を放り投げそうな勢いで泣き叫んでいた。

僕は両親に心配をかけまいと「大丈夫だよ」と言って起き上がろうとしたが父に
「寝てなさい」と言われた。

病院につき精密検査をし一晩様子を見る事になった。まともに車に跳ねられたにも
関わらず僕は奇跡的に頭のキズと腹部の打撲だけで3日間の入院ですんだ。

それから20年後のこと。当時僕は会社勤めで朝早くから夜遅くまでかなりの
無理をして働いていた。

ところがある日僕は過労で自宅で倒れ救急車で搬送された。それだけでなく
ある脳の病気を発症してしまう。それから数年、僕はその病気の発作に
苦しめられることになる。

それはおそらく20年前に車に跳ねられた時に出来た脳の傷が原因だと
推測された。毎日、発作の恐怖に怯えながらの生活だった。一生治らないし
一生薬を飲まなければならないと思っていた。

しかしある日、僕はふと思った。発作って何?なぜ大丈夫な時と発作を起こす時が
あるのだろう?そして僕は発作を起こす度に自分を振り返ってみた。そのうちに
ある事に気が付いた。

それは発作には原因があり、何らかの要因または要因が重なった時に発作が
出る事がわかった。疲労や寝不足も要因であるが、もっとリスクの高い要因が
わかった。

それは心の状態。それは不安、緊張、心配、悩み、劣等感、怒りなどの感情が心を
支配すると体が不自然な状態に陥り発作が起きやすくなる事がわかった。

逆に自信、楽観、安心、平静、寛容などポジティヴな感情が心を支配すると発作は
起きない事がわかった。心と体は表裏一体であり心をコントロール出来れば病気も
コントロール出来るのだ。

僕の頭の中には今も病気の因子が眠っている。しかし僕自身が心をネガテイブな
感情に支配されない限りその病気は表にでない。そして僕は何年も苦しんだ病気を
克服した。

それは色々な病気に応用でき今まで多くの人に心の状態の大切さを説いてきた。
それが今の僕のライフワークの中の一つの役目になっている。

もし僕が子供の頃、車に跳ねられていなければ今こうして様々な病気に苦しむ人の
相談になどのってはいなかっただろう。

人生は本当に不思議。人生に起こる事は無駄な事など一切なく、どんなマイナスだと
思える事も災難だと思える事も不運など思える事もそれらがあったからこそ今の自分が
あるのです。

そして病気に苦しんだ経験があるからこそ健康の大切さを身にしみてわかるのであり
同じような人たちの気持ちにもなれるのである。

病の原因

カテゴリ:心と体

11/14


先日、父が後縦靭帯骨化症という難病の手術をしました。首の中心にある神経の
周りには靭帯がありそしてその外側には骨があります。そこの靭帯が何らかの要因
によって骨化して固くなりそして肥大し神経が骨化靭帯と骨との間に潰され体の
各部の痛みや痺れ、冷えが起こり酷くなるとマヒや下半身不随になる難病です。

医学的には確かな原因はわかっていません。今回父は首の後ろに穴をあけて
骨化靭帯の反対側にある骨を削り、隙間を確保し神経の圧迫を軽減する手術を
しました。難しい手術で北海道でこの手術が出来る先生は少なく札幌医大から
権威の先生に来て頂き帯広で手術しました。約3時間の手術は成功し無事退院
しました。

先生の話によると病気はかなり進行していて神経の潰れが激しく半身不随に
なってもおかしくない状況だったにもかかわらず、まだ自分の足で歩ける父に首を
かしげていましたがなんとも奇跡的な事がよくおこる父である。実際には奇跡
なんていうものは無く奇跡に思えるだけでどんな事も何らかの法則によってそう
なっているのである。神経は脳と体を繋ぐ大事な器官であるにも関わらず非常に
デリケートで圧迫されただけで壊死したりその機能を失ってしまいます。術後も
完全に症状が回復する事は無いと言われましたが、それでも手術前よりもだいぶ
楽になった様子。よかったよかった。

僕の父は食べ物に非常に気を使う人で、甘い物や肉類を控え、オーガニック野菜や
玄米を食べかなり昔から自分で酵素を作り飲んでいますし、スムージーも毎日
飲んでいます。ありとあらゆる体に良いと言われるものを試しにもかかわらず
病気になり、そして治らなかった。それは何を意味するのかというと病気とは
食べ物だけでなく他の色々な要因でなっているのであって食べ物だけでは健康
になれないという事がいえるのです。

普段、僕が様々な悩みを抱えた人の相談に乗っている中で何らかの病気に苦しむ
人のも多くそういう方々のカウンセリングやアドバイスを行っています。身体的な
病もあれば精神的な病の場合もあります。

どんな病気も偶然やたまたま運が悪くなる訳ではなく必ず原因があり、何らかの
法則の結果としてなっているのです。その大きな要因としてはまず3つに分ける
事が出来ます。

まず一つ目は生活習慣。
これはまず僕が相談者に一番初めに確認しアドバイスを行う事です。たばこやお酒を
頻繁に飲んでいないか。野菜や穀物をあまり食べず肉食ばかりしていないか。
栄養のバランスを考えた食事をしているか。酵素を豊富に摂るという観点から生野菜
や果物をよく食べているか。オーガニックの野菜を積極的に取り入れているか。
普段から添加物を学び製品を買う時の参考にしているか。きちんとカロリーを考えた
食事が出来ているか。そして適度な運動を心がけているか。
まずこれが最初の基本です。

場合によってはもっと細かく具体的にアドバイスする場合もあります。昔アスリート
だった経験を活かし運動のアドバイスや料理人の知識を活かし食事のアドバイスも
します。でも中には教えた事を素直になかなか実行しない人もいます。そういう人に
限ってあっちが悪いこっちが痛いと不健康自慢をしている場合が多いものです。

とはいえあまり過剰に神経質になるのも良くありません。中にはあまりに食べ物に
神経質になりすぎてたまに健康にあまりよくないとされる食品を食べてその罪悪感や
嫌悪感で精神的なストレスをかかえそれで逆に具合が悪くなっている人も
以外に多いです。

僕もたまにはジャンクフードも食べますし焼き肉やスーパーのお惣菜も食べます。
たまにマックでハンバーグやポテトを食べようがコンビニ弁当食べようが、それだけ
で病気になったり寿命が縮むような事はありません。多少であれば人間には本来
体に良くないものを中和したり排出する働きがあり健康が保たれるように出来て
いるのです。ただしそれには条件があります。それは普段から先に書いたような
生活習慣を心がけていればの話である。普段から正しい生活習慣を心がけずして
ジャンクフードばかり食べて入ればいつかその代償を自分が支払わなければ
ならなくなります。

そして二つ目の病の原因。それはストレス。一言でストレスと片付けてしまうのは
カンタンですが実は普通みなさんが考えているよりもその影響は非常に大きなもので
食べ物から病気になるよりも恐ろしいものです。そしてここからが僕の
スピリチュアリストとしての本領を発揮できる側面でもあります。
スピリチュアリズムの知識と自らの人生経験を糧として相談とアドバイスをします。

カウンセリグを行いその人の日常で何が心のストレスの要因となっているのかを
探っていきます。中には本当に壮絶な人生の中で悩みを抱えそのストレスで病気に
なってしまう人もいますが、そういう人はごく一部で中には普通の人が一般的に
抱える悩みや苦労に過剰に深刻になったり重大に考えてしまいそれが大きなストレス
となり病気になっている人が少なくないのです。ようするにマイナス思考が強い
人。精神医学ではこれを「認知のゆがみ」と言います。具体的に言うと

①物事を「白か黒か」という2つに1つのの見方をしてしまう。
②一つ悪い事がおきると物事はいつも、すべてがそうだと決めつけてしまう。
③一つ悪い事がおきると他の事(良かった事も)を忘れてしまう。
④何でもないことや良い出来事を悪い出来事にすり替えてしまう。
⑤特に確かな理由もないのにすぐに悲観的に決めつけてしまう。
⑥自分の短所や失敗を大げさに考え,逆に長所や成功したこと評価しない。
⑦自分の感情が物事の判断基準になってしまう。
⑧何かやろうとする時に「~すべき]「~すべきでない」と考え自分を
 追いつめてしまう。
⑨ミスや失敗をした時にじぶんはダメな人間だとすぐにレッテルを貼ってしまう。
⑩何か良くないことが起こった時、自分に責任がなくても自分のせいにしてしまう。

これらの項目が多く当てはまる人は認知のゆがみが強く多くのストレスを抱える
事となり精神疾患や身体的な病気にもなりやすくなります。

ストレスとは言わば怒りや悲しみ、恨み、不安、劣等感、嫉妬心、その他
心の痛みを理性で抑えている状態を言います。そうすると人間の体は不自然な
緊張状態に陥ります。

すると脳が誤作動をおこし、自律神経に良くない支持を与えてしまう事に
なります。脳下垂体から副腎皮質ホルモンが分泌され、それに刺激を受けた
副腎がストレスホルモン(アドレナリンやノルアドレナリン)を過剰に
分泌し、頭痛、腹痛、下痢、胃潰瘍、精神疾患など様々な病気を
引き起こします。副腎は腎臓の丁度上にのっかった状態にある臓器ですが
この副腎自らも副腎皮質ホルモンが分泌され、それが体の免疫力を下げて
しまう働きがあります。すると免疫力が低下しますから風邪など様々な感染症
などにもかかりやすくなるわけです。

それだけでなくケガもしやすくなります。心が不安定だと普段注意出来て
いる事がおろそかになったり、体に正常に力が入らない状態になり、たとえば
重い荷物を持とうとして変な持ち方や力の入れ方をしてしまい腰を痛める
という事もあるのです。

僕はサラリーマンだった頃の晩年に発作性のある病気にかかりました。原因は
小さな頃に車に跳ねられた経験があり、その時の見えぬ後遺症に過剰な労働と
睡眠不足とストレスが加わり発症したと思われます。その病名は同じ病気を
かかえる人への配慮からあかせません。それは僕と同じようなやり方で病気を
治そうとするのはキケンを伴うからです。

僕はその病気の発作に数年間苦しみ、一生薬を飲み続けなければならないと
言われました。でも症状はいっこうに良くなりませんでした。そんな時
僕はスピリチュアリズムに出会いました。スピリチュアリズムで
自然の摂理(法則)を学び病気になる法則も学びました。

そして僕はあるカケに出ます。薬を少しづつ減らしながら辞めました。
本当はこの行為はかなり危険な行為なのですが何故か僕には自信がありました。
それはスピリチュアリズムに対する絶対的な信頼があったからです。でも
それはやみくもに何でも信じている訳ではありません。自分の今までの人生経験
の中で悩み苦しみ様々な災難や病気を経験し、その中で何度も何度も過ちを
繰り返し痛い目にあってそれでもわからずまた過ちを繰り返し痛い思いを
しながらそしてやっと信じられ勝ち取った自らの経験に裏打ちされた真理
だったからです。

信じるという事は素晴らしいからと言ってやみくもに何でも信じる事では
ありません。信じるとはとことんまで疑ってかかって自分の人生経験の中で
これでもかというほど確かめそして確信する事をいいます。それが本当の意味で
悟ったという事ではないかと僕は思います。

人間は前向きで陽気でいい意味で楽観的でいつも心の平静を失わない状態で
いると身体が自然と調和を取り戻し体の各器官が正常に働くように出来ています。
僕の体には今も発作の因子が眠っています。でも普段から心を平静に保つことで
発作が制御できるはずだと思ったのでした。その為にスピリチュアリズムを
もっともっと学びそして自分を人の為に役立てる事で自らの人間性を高めていく
努力をしてきました。

そして薬を飲んでも治らなかった病を克服出来たのです。僕もまだ一人の未熟な
人間ですから時には心の平静を乱しそうになったり、マイナスな感情を持って
しまう事もあります。それが続けば病魔はまたいつでも僕の所に舞い戻ってくる
でしょう。だからそんな時はいつも以上に反省し、いかんいかんと自分を
戒めるのでした。

実は僕は持病の克服と同時にもう一つ身体にある変化がおきました。それは風邪
を全くひかなくなった事です。ひかなくなってもうかれこれ12年くらいになる
でしょうか。もう風邪の症状がどんなんだったか忘れてしまいそうな感じです。
勿論、精神的な面も大きいですが普段から人一倍生活習慣に気をつかっている
恩恵もあるかもしれません。僕は誰かに健康のアドバイスもする者として自らが
健康でなくてはそれを人に説く資格は無いと思っていてそれが普段の生活習慣を
正す原動力になっているのかもしれません。

最後に病気の三つ目の原因。これは人によってはなかなか理解しがたい事かも
しれませんがその人の生き方の結果として帰ってきた病気である事があります。
僕はあまりスピリチュアルな専門用語をなるべくなら使いたくありません。
何故ならスピリチュアリズム(自然の法則)はごくごく当たり前に存在している
ものだからです。人によっては下世話な印象を抱く人もいますので。説明しづらいの
で言いますがこういうのをカルマとか因果律などと言います。

このカルマは今の人生だけでなく前世での生き方のカルマが今の人生に帰って
きている場合もあります。そのカルマの病の経験がその人の人生のプロセスで
ありそこから何かを学んでいかなければならないと言う事。

残念ながらカルマの病はカルマを病気の経験としてクリアーしていかなければ
いいかえればカルマを解消しない限り病はどんな事をしても治りません。
しかしそのカルマの解消を早める手段が一つだけあります。それは少しでも
善意を実践する事。いわゆる徳を積むと言う事。僕がいつも口をすっぱくして
言っている「自らを人の為に役立てる人生を」生きる
という事です。

病気とは大まかにはこの3つの原因のどれか。もしくはそれぞれが微妙に
影響し合い、プラス老化や遺伝的な要因、体の酷使も複雑にからみあって
なっていると言えるでしょう。

病気は誰にとっても辛いもの苦しいもの。健康でいられる事にこしたことは
ありませんが、ただ病気はけして必要以上に悲壮感を持ったり忌み嫌うものでは
無く、身体は病気を通して色々な事を教えてくれます。その人の生き方の間違いを
教えてくれているのです。病気から学ぶ事は大きい。病気によって人生観が大きく
変わったというのはよくある話です。病気もちゃんとした意味があって
存在しているという事ですね。

さて僕も雪の降る前に職業病の肩の痛みを治さなくちゃ(^^ゞ

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